南極物語
そうですか。もう、15年も前の話ですか。しかし、あの感動は忘れません。そう、おおなきおさるは第38次日本南極地域観測隊の隊員であった。すこしずつ思い出を日記として残します。
 日本の南極観測は途中中断を乗り越えて、あのタロジロ南極物語から我38次隊は丁度40年の節目にあたりました。観測隊員は越冬40名、夏隊20名の合計60名。私は夏隊の一員で約5ヶ月半の旅となりました。
 11月14日のしらせ出航の前日から日記は始まります。
11月13日
 観測隊の壮行会が六本木のANAホテルで行われました。なんせホテルといえば安いビジネスをイメージする私にとって六本木の真ん中にそびえるビルを前にしただけで少し気後れ。
 早くついたので家族とホテル内でコーヒーとケーキを。えぇ、それだけで五千円超! いよいよセレモニーが始まると各隊員とも田舎から家族を呼び寄せ、一世一代の晴れ舞台を踏んでおります。
 あまり見たこともないような立派な料理を立食で食し、防衛庁長官、文部大臣、田英夫(第一次参加)のスピーチを聞いたような聞かなかったような?彼らがいた事だけは事実。
 上司と叔父さんも同席し歓談しましたが、あっという間に閉会となり、健闘を誓ってタクシーで青山のお宿へ。こちらはいつもの安宿。
Japanese Antarctic Reserch Expedition
11月14日 
 昨年の第43次隊から観測隊員はオーストラリアからしらせに乗ることとなりましたが、それまでは晴海埠頭から紙テープに送られて出発していました。38次出航時は快晴。家族と同僚に送られて正午に紙テープの嵐の中出航してすぐにレインボーブリッヂをクグッテ、東京湾を南下。
 昼食後、船中や南極で飲むため及び帰国時のお土産用に買った免税のお酒類の各部屋へ配る全員作業が始まり始まり。人一倍購入したため皆からブーブー文句が。缶ビール25ケース、白波30本、ウイスキー沢山。
 これも42次隊から禁止になったのだけど、それまでしらせは海上自衛隊の艦船の中で唯一お酒が飲める船でした。これから毎晩のようにアビル生活が始まりました。
11月15日 
 自衛隊用語で「配食用意」の艦内放送が「マルロクフタゴ:朝6時25分」にあります。二日酔いのまま朝食を食べて一日が始まる。既に北緯30度近くまで南下。今日一日は艦内旅行。つまり、船内の非常口の確認とか。20時からしらせ主催のレセプション。美味しい料理とお酒を飲んで。。。飲み疲れて早めに就寝。
11月16日 
 既に北緯24度、人が住む日本の最南端波照間島と同じ。第二次世界大戦でフィリピン沖でレイテ海戦というのがあったらしくて、艦内でそのときのお話を聞いた。飲み飲み。水の節約のためお風呂は海水風呂になっていた。
11月17日 
 いつも飲んでるばかりではなかったことを証明する一日。休日なのに30kgの荷物を背負って、甲板(一周200mくらい)を1時間以上歩いて南極に備える。普段から身体を鍛え精神を集中しておくことの大切さを忘れるわけがない。さすが。実は夜に予定されている観測隊と自衛隊員の交流会のための汗かきであったらしい。かなり飲んで寝る。
日記2頁
11月18日 
 既に北緯14度。青い海。外で1時間昼寝。鏡のような海。これが本当に気持ちいい。日焼けで真っ赤。午後から正装して第二次大戦の戦没者を慰霊する儀式。ジーンとくる。飲み飲み。
11月19日 
 陽光を浴びて昼寝。昼食はステーキとワイン。とびうおが船の周囲をとびとび。いるかが8頭5〜6回こちらも飛び飛び。夕日に感激。豪華クルージングの雰囲気。夜ミンダナオ島の明かりが見える。飲みのみ。
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