彼  岸


「波羅蜜多(はらみった)」とは
「六波羅蜜(ろくはらみつ)」とは
「五蘊(ごうん)」とは
「煩悩(根本苦)」とは
『四門の遊観』物語のあらすじ

 
 彼岸会(ひがんえ)には、旧暦、新暦の区別がなく、春分と秋分の日の前後七日間に法会として日本のみの行事とされています。
 「彼岸会」の習わしは、仏教行事からはじまる先祖供養として日本全土において行われていますが、その始まりは正確にはわかっていません。
 一説には聖徳太子の時代より始まるともいわれ、或いは、延暦25年(西暦806年)2月の官符(いわゆる公文書)に、「諸国国分寺の僧をして、春秋二仲月別七日、金剛般若経を読ましめたる」ことがその始まりともいわれます。
 一般には、平安朝以来に、観無量壽経(かんむりょうじゅぎょう)(観経という;浄土三部経の一つで、十方浄土と極楽浄土の選定を16観に分けて阿弥陀仏とその浄土を説いたもの)の日想観(にっそうかん)(日観(にっかん)、日輪観(にちりんかん)という;日の没入を観じて極楽浄土の方所を知り、彼土の光相を観想する)に基づき、彼岸即ち阿弥陀浄土を観じ、到彼岸即ち『波羅蜜多(はらみった)』の義により、「彼岸会」という名称で行われたものといわれます。
 この『波羅蜜多』とは、弘法大師(空海)が遣唐使として長安の都に渡り、三国伝来密教の伝承と共に持ち帰った「般若般若波羅蜜多心経(はんにゃはらみったしんぎょう)」(般若心経)にいう『波羅蜜多』(Pa-ramita-(パーラミター);到彼岸(とうひがん)、度(ど)、度無量(どむりょう)、事究竟(じくきょう)と訳す。)で、大乗仏教の教えでは、“生死の此岸より涅槃の彼岸に到達せし”と説いているものであります。
 般若心経でいう「到彼岸(とうひがん)」は、救済(救い)の意味で、我々凡人が生活する社会(衆生界;此の岸)において、我々が種々様々な悩み(煩悩)に、迷い、妄想にもがき苦しむ姿を、海の中で溺れている様に姿を喩え、それら溺れる者皆を「般若(はんにゃ)(Prajn~a~(プラジュニャー);知恵の意味である。一般的に仏教では迷える知恵をいい「識」といっているが、密教においては「覚れる人の知恵で、宇宙真理を体得した仏の持つ知恵」をいう。)の船に乗せて、向こう岸(彼の岸)の安楽な悟り(覚(さと)り)の世界に渡らせるという方便を説いているのです。
 ここで一つ注意しておきたい。
 一般的な仏教の解釈では、「彼岸」は「悟りの世界」、即ち「仏界」とし、死後の世界を指し、死者のことを「仏」といっています。
 しかし、密教でいう、「仏」は、歴史上に存在した人物であった釈迦国の王子「実名;ゴータマシッタルダ」迦牟尼世(しゃかむにせそん)つまり「釈尊(しゃくそん)」即ち「釈迦族の聖者」が、出家し、修行の後に、(悟りでなく)「(さと)」を開いたことが、インドの言葉(サンスクリット語)で「Budhi(ブーディ)」であり、釈尊その者が覚れる者「覚者(かくじゃ)」即ち「BodhiSattva(ボーディサットバ);覚る人」、「真理に目覚めたる者」を漢字にして「(ぼだいさった)」、略して「菩薩」となったことを意味するもので、「Budhi(ブーディ)」が変化して「Buddha(ブッダ)」即ち漢字にして「仏陀」となったのだ、ということをもう一度認識していただきたい。
 つまり、釈尊(釈迦)は、悟り(覚り)を開いた後にこの衆生界で説法を行っているわけでありますから、般若心経でいう到彼岸は決して、死後の世界(彼岸)だと限定しているわけでなく、「生」として生きる人間が煩悩妄想の苦海から解脱するための導き(般若の知恵)により到達する先は死後の世界(彼岸)だと説いているわけでもないからです。
 釈迦の説法(般若心経)では、生きながらにしても、先ずは「中庸(ちゅうよう)」「八正道(はちしょうどう)」の実践により、煩悩妄想の苦海からの解脱の道が開けることを説いています。
 その到彼岸(救済)の方便力が、般若の知恵を持った船であり、この船が、此の岸から流さし出され苦海の中で溺れる人々を、彼の岸まで救ってくれるのだとしているのです。
 この実生活の中における悟り(覚り)の実践教義が、密教教義の心髄である「即身成仏(そくしんじょうぶつ)」の思想であります。



 般若心経は、釈迦が説法を行った際、釈迦の十大弟子の一人である舎利子
(しゃりし)(舎利弗(しゃりほつ);S'a-riputra(シャーリプトウラ))が大衆側の代表として教えを受けている場面で、その説法内容を示した経典でありますが、経題の後に次の一節(趣旨)から説法が始められています。
【経文】
観自在菩薩(かんじざいぼさつ) 行 深般若波羅蜜多(じんはんにゃはらみた) 時 照見(しょうけん) 五蘊皆空(ごうんかいくう) 度(ど) 一切苦厄
【書き下し文】
観自在菩薩(かんじざいぼさつ)、深般若波羅蜜多(じんはんにゃはらみた)を行ずる時、五蘊皆空(ごうんかいくう)なりと照見(しょうけん)して一切の苦厄を度(ど)したもう。
【解釈文】
 自由自在に人々の心の悩みや苦しみを観察して救いの手をさしのべてくれる観世音菩薩は、深い般若の知恵(六波羅蜜(ろくはらみつ);六つの知恵)を以て、現実社会に生きるうえでの悩みや死の恐怖、或いは無常にも世間のちまたに迷う人々を、彼の覚りの岸にある世界に導くための救済の行(ぎょう)(深般若波羅蜜多)を行うのである。
 この観自在菩薩の(救済の)行(ぎょう)が実践された時、人は先ず、人が人間としての実体はないのだということ、言い換えれば、自己の肉体(身)や精神(心)を組織している根源は存在しないところから、五蘊(ごうん)として現れた、現象界における「色(しき)」即ち物質や「識(しき)」(心)即ち精神は、皆(宇宙に存在するありとあらゆるものすべて)「空(くう)」であり、真実としての自性実体がない(仮の姿「仮有(けう)」であることの認識する)ことを自己の心に受け止め、因と縁との結合により個々の差別の姿を仮に現しているにすぎないのだということ(宇宙の真理)を、この般若の知恵の光でもって照らし見ることができる。
 そして我々は宇宙の無限なる空間と時間の中で一切の諸法(森羅万象の現象界)が「空」として清浄であることに覚らされ、すべての人々の心の苦悩が除かれ安楽な覚りの岸に導かれるのである。

    


 
六波羅蜜とは、此の迷いの岸から悟り(覚り)の彼の岸に渡る(到彼岸)ための六つの知恵(般若)の行(ぎょう)をいう。

   一、布 施(ふせ)・・・貪欲の心を捨てて他を憐れんで施すこと。

参考までに、一般的に「布施」という言葉は、他人に物などを施す意味であるが、憐れんで行うことだけでなく、精神的な施し(特に仏事供養や祈祷祭事等)を受けたことに対する感謝の念を表したものとして「御礼」や「御布施」といったかたちで使われています。この言葉をサンスクリット語では「Da-na(ダーナ)」といい、直訳すれば「贈り物」という意味である。つまりインド社会においても人(家)に物を贈る時には家の家長を敬ってに贈り物を贈ることから、このまま日本語(ダーナがダンナ)に派生したのが、漢字に当てはめて檀那(旦那)「旦那様」という日本語で使われることになったものです。

二、持 戒
(じかい)・・・規則正しい道徳的な生活をすること。

三、忍 辱(にんにく)・・・堪え忍んで謙譲な心を持ちすべてのものに接すること。

四、精 進(しょうじん)・・・努め励み、全力を注いで努力すること。

五、禅 定(ぜんじょう)・・・心を乱すことなく、何事に対しても一心不乱に徹底すること。

六、知 恵(ちえ)・・・ここでいう般若の知恵をいい、宇宙そのもののすべてをありのままに確認することのできる正しい知恵の働きのこと。
    


五蘊とは、(しき)」「(じゅ)」「(そう)」「(ぎょう)」「(しき)の五つが集合したものの意義である。

第一「色(しき)即ち「色 蘊(しきうん)」とは、色彩としての色を表すものでなく、現象界において確 認できる有形の物質をいう。(目で見えるもの「物」をいう。)
色蘊の中に「五根(ごこん)」((げん)(に)(び)(ぜつ)(しん))と「五境(ごきょう)」((しき) 〈色彩の色(いろ)〉・(しょう)(こう)(み)(しょく))がある。
「五根」は、我々の感覚器官(五感)である肉体を指し、「五境」は外界(がいかい)(現象界)における一切の万物を指す。
※第二「(じゅ)」蘊・第三「(そう)」蘊・第四「(ぎょう)」蘊の三蘊は、第一「(しき);物質〈物〉」蘊と第五「(しき);精神〈心〉」蘊との間に起こる作用をいう。

第二「受(じゅ)即ち「受 蘊(じゅうん)」とは、「五根」の外界(がいかい)(現象界)にある物を受ける作用をいう
即ち、「眼 根(がんこん)」の「眼」があれば、現象界における「色 境(しききょう)」の「色(いろ)〈色彩の色(いろ)〉」が映りだされ、「耳 根(じこん)」の「耳」があれば、現象界における「声 境(しょうきょう)」の「声(こえ)」を聞き、「鼻 根(びこん)」の「鼻」があれば、現象界における「香 境(こうきょう)」の「香り」を感じ、「舌 境(ぜつきょう)」の「舌」があれば、現象界における「味」を感じる。

第三「想(そう)即ち「想 蘊(そううん)」とは、「受蘊」の作用の後に起こる思想の作用をいう
例えば、「眼根」に「色境」を受ければ、次に、その色が黒であるとか白であるとか、美しいとか醜いとかなどを見分ける思想が起こることをいう。

第四「行(ぎょう)即ち「行 蘊(ぎょううん)」とは、「受蘊」と「想蘊」の作用に連動して働く人間の動作や行動をいう
例えば、「受蘊」で、食べ物を見て色や形、臭いや味をを認識すれば、「想蘊」で、“おいしそうに見える”とか、“まずそうである”などとする区分の後に、「行蘊」の作用により、その食べ物を食べる。或いはそのものを食べないでほかの食べ物を選ぶとかという動作が働き、食べた後には、再び「受蘊」で、“辛かった”“甘かった”などと感じ、「想蘊」で、“おいしかった”“まずかった”などと区分し、おいしかったのでもう一つ食べるという行為が起きたり、まずかったので別のものを食べるという行為が起きたり、といった連動する「行蘊」の作用により、様々な行動が起きることとなる。

第五「識(しき)即ち「識 蘊(しきうん)」とは、第一の有形の「色(しき)」即ち「物質」(物)とは対照的に 無形の「精神」をいう。(目に見えないもの「心」をいう。)
この「識蘊」が「五境(ごきょう)」((しき) 〈色彩の色(いろ)〉・(しょう)(こう)(み)(しょく))に対して、物事を了別識知する「心」の本体である。
 この「心」即ち「精神」の本体は、無形なるが故に、人体解剖を行ったところで臓器等の分類で物質的に存在せず、科学的に人体機能を分析しても所在をつかむことはできない。
 しかし、21世紀になった現代社会においては、生物学的、生態学的或いは科学的に解釈するに、「脳」の働きが、この精神(心)の働きを人体機能の中で受け取り司り、第二「(じゅ)」蘊・第三「(そう)」蘊・第四「(ぎょう)」蘊の三蘊の作用の中で、物事を判断したり、動作の指令を行ったり、物事を信じたり、疑ったり、物事を調整したり、感情を生み出したり、思想を創り出したり、と様々な作用を引き起こす役割を担っている、と解釈しても問題はないことであろうが、「脳」そのものの働きが「精神」そのものの働き(同等)であると解釈するには無理がある。
 今の時代、医学や科学を代表する様々分野の学問的解釈により人間の神秘が解明されても何ら不思議でないことで、一般の人々にわかりやすく説明できることは非常に良いことと思うが、どこまで行っても「心」所在は未知なるものです。



  なお、この般若心経の一般的解釈においては、釈迦が大衆の面前で言葉として説いた説法による到彼岸の方便を説いたものであるため、先ずは「空」なることは「何もない」ということから始まります。
  しかし、釈迦の教えが一般仏教(顕教(けんぎょう))でいう「聲聞縁覚(しょうもんえんがく)」(言葉や経典を中心とする教え)と、それ以外の教え(内証体験を中心とした秘密荘厳(ひみつそうごん))を併せて伝承された教え「密教教義」(真言密教の教義)の中では、「空」なることは、決して「何もない」ということではなく、宇宙生命の根源は、精神界(心)を総称する「金剛界」と、肉体界(物質)を総称する「胎蔵界」に有り、「金胎各々不離」(精神と肉体は各々離れず一体であるの義)の源より万物が創造され、現象界に中で様々なかたちで変化(へんげ)しながら存在し、世界(宇宙)を展開していること示しています。

    


 核家族化の進む現代日本の経済社会にあっては、彼岸は春と秋の時節柄、休暇を得るための良い期間と考える人も多いことと思われますが、日本人であればほとんどの者が、身内や親しい者の不幸(死亡)が有れば、一転して仏の供養の心が思い起こされることとなります。
 彼岸の習わしは、日本古来からの季節的慣習として、日本社会に根付いてきましたので、一般仏教(顕教)、密教、或いは神祇信仰、又は西洋宗教、いずれの教えを信仰している者であっても、日本社会に生活する者であれば、職場の中で或いは家庭生活又は親戚付き合いの中や地域付き合いの中で、排除できない社会的風習として根付いていることと思います。
 彼岸になると、この時節を節目に、亡き仏への思慕の念が思い起こされ、先祖などの墓参りをする行為へと移行するのです。
 そして、亡き仏への供養の心が、今我々がここに生きていることを先祖に対する感謝の気持ちへと芽生えたとき、人はどんな苦悩を抱えていても幸せに生きて行くことができることでありましょう。
 文化、経済の発達した日本社会に生活する人々は、日常生活の中で、仕事上の悩み、経済的生活苦、恋愛に関する悩みなど、目の前にある苦悩が、日々絶えず目まぐるしく様々なかたちで生じてくるため、これらが人間としての最大の煩悩であり、人様々に千差万別の苦悩があると受け止めてしまいがちでありましょうが、それ以前に、誰も皆(老若男女貴賤の差別なく)が共通して持ち続ける「根本苦」が存在し、すべての苦悩がこの根本苦から展開した苦悩であることを忘れてはなりません。
 こうした煩雑化した現代社会の中で、墓参りの行為が必ずしも自己の様々な悩み苦しみに対する心の慰めになるとは限りませんが、彼岸の習わしは、家族関係の調和や、里帰りによる心の安らぎをもたらすなどの重要な役割を果たしてくれていることでありましょう。
 また、家庭の中においても次世代に受け継ぐ良き風習ではないでしょうか。



    煩悩(根本苦)とは、
 人の煩悩は百八つあるといわれ、数珠玉の数や除夜の鐘の数が百八つとなるのもこの意味からといわれています。
 人が「生」として生きる人間として逃れることのできない「根本苦」としての「(しょう)」「(ろう)」「(びょう)」「(し)」は、老いも、若きも、男も、女も、富める(貴)も、貧しき(賤)も、人としての差別なく誰もにある苦悩(煩悩)であり、この四つ苦しみを「四苦」としています。
 一般によく使われる「四苦八苦」という言葉がありますが、日常生活では悪戦苦闘している状態の時などに「シクハクする」とかいって使われますが、「八苦」の本義にも「四苦」と併せて煩悩の区分があります。

「八苦」とは、

一、愛別離苦
(あいべつりく)・・・愛する者(肉親のみでなく、恋人や友人を含めた者)との別れに苦しむこと。

二、怨憎会苦(おんぞうえく)・・・恨み憎しみの心を持つ者、みにくい者(見かけではなく心の卑しい者や心の貧しい者)との出会いに苦しむこと。

三、求不得苦(ぐふとっく)・・・求めるもの、欲するもの(金品や物品だけでなく、己の欲望や愛情を含めたもの)得られないことに苦しむこと。

四、五蘊盛苦(ごおんじょうく)・・・五蘊より生ずる悩み(五根、五境;例えば、見たくないものを見てしまったり、聞きたくないことを聞いてしまったりすること)に苦しむこと。



 釈尊(釈迦)は、この根本苦に悩み出家することとなったとの伝説があり、その物語が、『四門の遊観』として語られています。

【物語のあらすじ】
 釈迦国の王子として生まれた(降誕した)釈尊は、迦毘羅(かぴら)城の三時殿(寒さ、暑さ、雨の一年三期を快適に過ごすことのできる宮殿)で過ごし、やりたいこと、欲しい物は何でも思いのままで、不自由のないの生活をしていたのだが、天上の歓楽を思わせるような五欲を楽しむ生活に自分自身の心に内省していた。
 そうした日々を暮らすある日、一日郊外で遊ぼうと馬車で出かけることとした。そして『東の門』を出たら、馬車の前を手につかまってよろめき通り過ぎる老人を目にした。いつも若い男女、付き人や召使いに囲まれていた釈尊は、“あの者は何であのようにみにくい様相(白髪で背の曲がったやせ衰えた姿)をしているのであろうか。”その老人を見て「人は歳をとって老いる。」ことの現実を知り悩んだという。
 それから数日して次に『南の門』を出たら、病人に遭遇した。
 そして次に『西の門』を出たら、葬儀を目にした。“あの儀式は何であろうか。”「人は老い、病を得る。そして死を迎える。」ことを知り深く悩んだという。
 またしばらくして次に『北の門』を出たら、出家し行に付す乞喰沙門(こつじきしゃもん)に出会い、“なんと澄んだ目をしていて心が研ぎ澄まれる者なのであう。質素な衣を通して、体中から喜びの光の輝き、和やかな空気があたりに充満しているのを感じる。”この沙門の姿を見て「出家」を決意したという。
 そして29歳の年、7月の満月の晩、愛馬カンタカに乗り、城門を出て一路修行の旅に出たという。


 
 日本では古くから、彼岸というと、死者が渡る「三途(さんず)の川」が此の岸(衆生界)と彼の岸(死後の仏界)の間にあり、渡しの入口には閻魔大王が、その死者の生前の行いに対し審判を行い、天国か地獄かの判決を下すと言い伝えられています。そのためにその死者の家族などは棺桶の中に「地獄の沙汰も金次第」などと途金を持たせたり、或いは、出家するための(お大師様がいつも一緒についてきてくれる)同行二人の遍路の旅路にと、(金剛)杖や草鞋を持たせたり、魔除けのための短刀を持たせたりして葬儀が行われています。
 これらの言い伝えや習わしは、家族や親族などが死者に対する敬いの念や、生きている者が知ることのできない死後の世界を想像して死者の冥福を願っている行為であります。
 このことは日本の葬儀の形式として、一切否定する必要はなく、それがまたそれぞれの信仰として根付いていますので、それぞれの地域の風土や歴史や宗教などに応じた良い習わしとしてとらえて良いでしょう。
 また、この「信仰心」は喩えとしての表現ですが、誠実で、清浄な心の観念ですから、真実であるとかないとかを問う必要もありません。現実社会の中で妄想幻覚と混乱して、事実もそのようであるというような論証を立てるものではありません。
 なぜなら、欧米では、死後の世界は長く暗いトンネルを通り抜けた先に光の世界にでて、極楽社会に到達するとか、善人は天使が天国に運んで行き、悪人は死神が地獄に連れ去るとか、いう言い伝えがあり、それぞれの国によって様々な死後の世界を想像的に創り上げたり、様々な習わしで葬儀が行われているからです。
 それらのすべてが日本の言い伝えや風習と同様にそれぞれの国の人々の死者に対する敬いの念や、死者の冥福を願っている行為であり、人々の信仰心から生まれたもので、それぞれの宗教思想の上に成り立つものあれば、どこの国の言い伝えや風習が真実であるとか、正しいとかいうことも、批判する必要もありません。いかなる宗教も信仰心は平等であるからです。
 霊能者を名乗る者や幽体離脱ができるとする者或いは奇跡の生還を遂げた者などの証言を科学的に分析したところで、現実社会に生存する者の立証であれば、当然に、それらの者の生活する国の宗教的慣習や歴史的風習が違えば、人間の脳の曖昧な記憶の中で混在して、事実もそうであったとか、人体の機能的現象により、暗闇のトンネルを駆け抜けたなど、といった様々な見解があって当たり前なことでありましょう。
 「生きる者が覚る彼岸」とは別に、「生きている者が知ることのできない死後の世界」としての「彼岸」、それは全く未知なることであっても信仰が人々の心を慰め、そして死者の冥福を祈る気持ちがあれば、それ以上申し分のないことで、十分なことです。
 
 平成13年秋彼岸
向 山 寺 二 世 康 禅

「波羅蜜多(はらみった)」とは
「六波羅蜜(ろくはらみつ)」とは
「五蘊(ごうん)」とは
「煩悩(根本苦)」とは
『四門の遊観』物語のあらすじ



    

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