去る3月11日に起きた東北地方から関東地方にかけての東日本大地震により震災害を被られた皆様方に心よりお見舞い申し上げます。
未だ安否確認が出来ない方々にありましては、一刻も早く無事が確認されることを願うばかりですが、不幸にして命を落とされた方々にありましては、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
当茨城県におきましては、県北部及び海岸部で津波などによる甚大な被害を受けた罹災地でありますが、当寺の所在するつくば市は、県南の都心寄り内陸部であることから、市内あちらこちらで家屋の屋根瓦・壁面・門塀や石塔等の崩落などの被害があり、強固な家屋にあっても内部は戦場のような状態になりましたが、幸いにも人命に関わるほどの大きな震災害は免れました。
現状においては、茨城県及びつくば市において原発避難民の受け入れなどの救援活動が行われていますが、今日も未だ余震が頻繁に続くことに不安は募るばかりです。
こうした多かれ少なかれ震災被害の現場にあり、尚も続く余震を受ける状況下において、地球の生命活動の猛威を実体験として実感するに、人の力でそれを食い止める術のないことは当然なことと思いながら、我ら人類もまたすべての動物達と同様に、母なる地球から見れば、無常にもちょっとした生命活動の変動に影響され、うごめき逃げ惑う蟻の如くの状態にあるのかと思うと、殊更に無念でなりません。
予期できず、逃げ場のない地域にその時間にいた方々のことを思うと、個々の事件や事故などの宿命的事態の遭遇とは違って、無差別な天災は何の縁起によるものかと、残念で、残念でなりません。
結果としてある罹災地の現状において、神仏の慈悲は何処に、衆生を救済する神仏は何処にいるのか、と思われる方も多いではないかと思います。
常に思うことながら、地球の何処に安全と言われる場所があるのかと思うにも見あたりませんが、この地球に生まれた我らは共存して生きていかなければならないのです。
台風、竜巻、洪水、猛暑、寒冷等々、我々人類には、明日起こる気象現象を概ね予測することができたとしても、誰が何時どのような災難を被ることになるか、1分後のことすら確実に予知して回避することなどできません。
しかし、今、我らはこうした事実を実感として再認識した中で罹災地の被害に向き合っています。
人の心は無限に大きく、慈愛の心は他への思いと伴に現れます。
つまり、神仏の慈悲はすべての人々の心に宿っています。
人は夢や希望を決して諦めません。
どんな苦難があろうとも絶対に諦めてはならないのです。
過去にも多くの国やそれぞれの地方や地域の人々が、様々な災害を受けながらも復興してきました。
世界人類は互いに支え合って生きています。
国内だけではなく世界中から日本の罹災地への救済支援や復興支援の手がさしのべられていることを素晴らしく、ありがたく思うばかりです。
私は寺院活動の中ではなかなか支援活動ができる体制にありませんが、微力ながら二足の草鞋における地域・組織の中で、現状から次の段階に向けてできることを進めてまいります。
罹災地は必ず復興します。
そして、街が再建され、防災が強化されるだけではなく、今まで以上に強い心の絆を築きあげた社会を作り、笑顔で暮らすことのできる生活が絶対に戻ってくることを信じています。
合 掌
平成23年3月23日東日本大震災記
向 山 寺 二世 康 禅