カラオケ☆COVER☆大好き70代



アトリエ駄々の作品
※無店舗販売です※
FirstUp1991~  LastUpDate 2021/11/20 content writer YasuhiroKawakami


☆next EXHIBITION☆
atelierDADA2021  schedule
フォーラム(リサイクル運動) ララガーデン(リサイクル運動) カピオ(手作りの会) バザー(市民の会) 
ーコロナの影響下でイベントなどは開催出来ない状態になっている。ー



展示風景






 





二人で作っています。
制作の合間に…


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2021/11/21
昨夕から始まった140年ぶりの”深層月食”とかゆう天体showを観ました。....過去、「大正時代にあったのね。」とカミさん曰く。”寛一お宮”の世界がよみがえり
「アタシ学生時代にパロディでお宮が寛一を蹴る芝居したことある」と言った。ぼくも瞬間に考えたことを既にやっていたことに思わず二人で笑ってしまった。次の140年後はこの世に居ない....残念!!




2021/10/14
ぼくが失くした金色のボトル。後悔をしきりにしていると、カミさん突然にどこからか銀のボトルをだして「ハイ!!失くさないでよ。」と言って目の前に置いた。ビックリ!!ビックリ!!

「これは特別景品販売商品で市販はされてないの…でもってなにかのためにとふたつ買っておいたの。」って
ぼくの後悔は一気に喜びに変わった。
聞けばもう少し時間がたってから出そうかと思ったけど、かわいそうになっちゃって!だって。

さすがですオカミさん!!のちにタオルのハンカチで袈裟懸けできるようにボトル入れを作ってくれた。感謝している。



2021/9/24
今日ひさしぶりに”つくば”駅周辺へ買い物に出かけた。
ずっとうちにこもっていたもんで運動不足で体が重い。 そしてカミさんは折角出かけたのだからと僕を”市中引き回しの刑”のようにあっちこっちと連れ、買い物した。その内にトイレに何度か行ってるうちに水筒を失くしてしまい、こっぴどく責められた。

"一緒に出掛けると必ず何かを失くす"、と、とがめられた。だんだんと三歳児に近くなってきて失くしものが多い。!!
新しいペットボトル入れをショルダー式に作って次に備えよう!!そうだ手袋も首にかける紐をつけなくちゃ…




2021/8/11
”つくば蚤の市”に申込みをしても週巡りで雨にたたられて僕らは不参加が続いてしまった。
原則雨天決行だけど僕らの店はテント無し。手持ち、車無し!!で不参加が続いた。
10月は涼しくなるだろうと申し込んだら、いつからかキャンセル料1週間前は50%、当日は100%のぺナルティーがついていた。我々はこのシステムでは参加出来ないと断念した。



2021/4/18
”つくば蚤の市”に参加して出店してきました。朝の内は天気は穏やかでよかった。昼近くから突風が吹いてほかの店のテントが煽られて。あちこちから悲鳴のような声がした。
僕らの店はテント無し。そうゆう心配は無かったがそれでも商品が飛んだりした。午後から雷発生もありと予報があったので、早々に引き上げてきた。売上ゼロ。何しに行ったのか、疲れた。また来月待とう。!!




2021/4/6
近くにコメリパワー「Power」という店ができた。同じ敷地内にいろんな店も同時開店した!!何にもなかったこの地域がだんだんにぎやかになってきた。うれしくなった。便利!!



2021/3/21
今日の”つくば蚤の市”が荒天で僕らは参加しなかった。夜まで荒れていた。また来月待とう!!



2021/3/14
77cccc今日僕が住んでる近くの桜が咲いていた。白いコブシや白蓮などもさいている。

昨日は雨で今日の空気はスッキリとした気持ちの良い天気でした。!!
ぼくも染色をした。

僕らは免許を返上して車もない生活を続けているが、だいぶ慣れてきて、かなりいろんな面で気が楽になって車ストレスが無くなった。
近所はすべて自転車で用を満たしてる。
地域バス、乗合タクシーなども利用して便利している。最近は「コロナ」で東京へ出かけることがないので電車は乗ってない。




2021/2/27
いま夢中になっているのはYouTubeでギターを弾けるけるようになりたいと思い勉強している。ギターは独学で若い時に手掛けたがまともに引けないでいた。

指板上すべてを使い弾くレッスンしています。いろんな人がいろんなやり方を説明しているが、めんどくさい。
デンマークの人がピアノJAZZを披露していた。説明は全部英語で解らないけど翻訳して理解をしてギターに反映している。ピアノとギターの理解が深まった。!!




現在(いま)の出来事…


過去の出来事…


2016/1/20
新春からぼくたちは新たなスタートを切ることにした。
土浦の蔵の店を15年を契機に実店舗をたたむことにした。ただいま感謝セールをしている。

2月いっぱいをもって「蔵の店」駄々を終了します。今後は人のいるところへ出かけて販売発表していきます。頑張るぞ!!




2015/11/2
もう冬?なの。涼しいから寒いの表現がぴったりな季節です。
駄々ちゃんちも、すっかり冬モードです。コタツ代わりに寝袋を出して足腰入れている。肩にジャンパー引っ掛けて編み物している。ニュースを見ながら貧乏嘆きながら。

世の中ハローインだといって渋谷の交差点がテレビで写っているのを見て外国の祭りになんであんなになるか不思議です。みんな一斉に同じ事をする時代なんですね。
ぼくは「みんなと一緒に」はダメですね。



2015/10/26
晩生栗を拾い食しました。たぶん今年最後の栗となるでしょう。お風呂に行く途中の栽培栗が道端に落ちている。

その畑の前のラーメン屋さんはオープンするといつも車が満車状態の人気店だ。ぼくたちはまだ食してません。だから味はわかりません。そのラーメン店ができる以前はだいぶ長い間居ぬきの飲み屋の空き店舗だった。
店の職種によっては繁盛の仕方が違うんだね。駄々とは真逆のお店だ。いいんだもーん。大きな栗おいしい。



2015/9/27
今日は満月です。十五夜。
さっきまん丸の月を二人で愛でました。



2015/9/12
とうとう、茨城も災害にやられてしまった。
現地にいけないぼくは妻と二人被災地をテレビで見てすごい事が起きたと思った。

人間はいつも自然に翻弄され続けて、それでも生きていかねばならない宿命なのか。人間よ頑張れ。



2015/9/3
何なのでしょうか、このお天気は。
経済も天気も日本の行く末も不安定、先が読めない。
立秋といってから一気に秋そのまんま。で、いいのだろうか。

道端に落ちていた栗食べました。おいしかった。デカカッタ。いつも山栗を拾って秋を楽しみましたが、最近このあたり一面、大型宅地開発とやらで原野が全部掃われしまい、秋の味覚も失われた。動植物も追いやられてしまった。
仕方ないが虚しい寂しい。



2015/7/3
最近ぼくは帯状疱疹が出ちゃってなんか人並みみたい。今日で約3週間目。

最初は左わき腹あたりが風邪で熱が出るときに皮膚がさわさわした感じで始まったので風邪と思ったが風邪のときのだるさはなかった。で、様子を見ているうちに1週間すぎますますサワサワが強くなってきたそして朝、鏡に映ったわき腹に湿疹が!!
すぐにかかりつけの医者に行って診察してもらった。
結果、ビンゴ!!!!「ハイ、帯状疱疹です!!。」今朝医者に行ってその後を診察してもらった。
少し痛みっぽいサワサワはまだ残っている。が、早期に治療したせいか大丈夫的な診察結果だった。



2015/5/7
わーいやった!!今年のぼくんちのバラなんと14輪咲きました。うれしい。


2015/4/8
なんだ、なんだ驚いた。桜吹雪かと思ったら窓からの景色はボタン雪が降っている。朝8時。山桜満開つくばだ。


2015/4/2
いまこの地域は桜が満開です。田んぼはまだ水は張っていませんがトラクター方を耕して準備しています。
大好きな「芽吹きの季節」は生きているものすべて躍動し始めました。67回めの春です。

ギターでジャンジャカは今もやっている。ぼくのカラオケは点数はあんまり高くない。平均70からせいぜい85点前後だ。でもぼくは点数より心を込めた歌い方を目指している。
声を出すことは自分自身に癒し効果あるのかも。



2015/2/21
はやっ!!もう2月半ばだ月日は早く飛んでゆく後ろにどんどん••••


2015/1/20
きのうは、というより、このところよい天気が続いている。
筑波山も青空に映えている。約7キロにある市役所に、期日過ぎた未払い金を支払いに。つくば颪(おろし)が吹いてたけれど老人は風の子なんて言いながらカミサンとコキコキチャリンコこいで行った。

支払いすんでついでに「いばらきシニアカード」なるものに登録した。市役所広場で野菜直販をやっていてレンコンとトマトを買った。
帰りに隣接するショッピングモールでウィンドショピングして田舎都会の雰囲気を楽しんだ。
開発途上の広大な住宅予定地を抜けて帰った。約1時間のレクレーションでした。



2015/1/06
今年が始まった。世の中不安定な要素がいっぱいだけど、ぼくは今年も生かした暮らしをめざし。二人でチャリンコこいで行く。



2014/10/28
展示会の準備で忙しかった。
時間貸しの車で朝9時からあっちこっち回りながら作品たちを運搬し12時までに車を返さないといけない。
そんなこんなで続けて飾り付ける作業。慣れてるけどやっぱり疲れる。ふたりともちょっとバテタ。

でもある程度飾ってあとは明日やろう。といって今日は終えた。
冬一番の風が吹いてて自転車は寒かった。



2014/8/26
やっと夏が終わりそう?
朝起きるにも夜寝るにも大変楽になった。ついつい起床が遅くなりがちになってきた。
あちこちで災害が起きて困っている人がたくさんいて…。
鳥や動物たちは災害にあって死ぬことは人間に比べてどうなんだろうか。

五感を働かせて生き延びる術は人間に劣るとされているものたちのほうが優れてるんじゃないのか。
人間はもはや「情報待ち人」になってしまったのか。

「生きる」に関しては動植物の生き方が賢明だとおもう。研ぎ澄まされたその生き様はすばらしい!!。

茨城は今年も大きな災害が起きてませんがいいのでしょうか。



2014/8/4
いま「蔵布と展」と称して蔵で「夏の染織展」をやっている。
毎日酷暑が続いているが二人とも自転車で蔵店までかよっている。よくやるよと思っている。

途中の道すがらは禅の修行者の気持ちとなんら変わらない。ひたすら何も考えずペダルをこぐ。暑いけど稲穂を付け始めた田んぼの風を受けると結構、風を切るので涼しい。長袖のシャツがまた涼しい。

12日まで開催しているが蔵の中で機織をしている。蔵の中は涼しいです。蔵の水道は井戸水なのでとても冷たい、それに近所の直販トマトを浸して食べる。

幸いなのか、生憎なのか。雨が降れば荒天ならば休めるのに、この辺ちっとも降らない。大雨被害の皆さんごめんなさい。



2014/7/3
なんか快晴だとはいえない天気でしたが無事一週間の西武つくば店「手作りクラフト展」が終わった。
それなりにいろいろあったけど、まだまだお勉強しないといけませんでした。



2014/6/25
27日から西武つくば店で「手作りクラフト展」が開催される。
駄々も出展で、ここ両日、蔵へ出て準備にかかっているが何せ天気が悪くて晴れ間を縫っての出勤だがとうとう荷物を送り出す今日に限って、朝からドシャ降りの中カミサンと一緒にうちを出た。

どうしても荷物を送り出さなければならないので仕方がない。100円ショップで買ったレインコートはその日で破けてオシャカになった。でも濡れは最小限に収まった。
無事配送すんだ。

帰りの天気も筑波山のところは真っ黒な雨雲があって降られるのを覚悟で帰った。運よくほとんどぬれず帰ることが出来天の神様にまず感謝 !。だ。



2014/5/27
マイカラオケブームは続いているがさらに発展して18歳ころからの我流趣味のギター。と言ってもクラシックが出発だった。カラオケで歌う曲をジャンジャか演奏でコードをいま起こしている。

カミサンは何があったか急に染色をしている。教授が生きてる間に染を覚えたいのか。兼ねてから言っていたことを、いま自分からやろうと決心したみたいだ。
僕は基本だけ教え口出しをしないでいることにした。結構センスはいいんじゃないかな。
本人も心なしか楽しそうだ。



2014/4/23
我が家ではいまマイブームはカラオケです。
最近手術したメディカルでお墨付きをもらって体調も快調。カミサンも普通に歩けるようになったし、そんなこんなでふところさびしいが、体力と心に余裕が出来たのかカミサンと出逢ったころよく歌ってたカラオケをまた挑戦しようと意欲がわいてきた。

歌うのにあたって古い曲しか知らなくて困っていたらヒョンナことで動画サイトで歌も覚えることが出来るのを知ってチャレンジしている。
只今持ち歌訳30曲前後。おもにちょっとモダンな歌謡曲と言う感じの歌がすきだ。老人福祉センターのお風呂を利用するときに1曲50円で歌っている。
目標はその場にいる人たちから「よかったよ!」と言葉をかけられたらいいかなと思っている。



2014/2/27
今日であの日からちょうど一年経ちました。あのまま逝っていたら永眠、今生きてるから睡眠。そんな感じで生活してる。
結構この一年楽しみました。これからも、その日まで。



2014/2/25
ギブス松葉杖からカミサンが開放されました。メデタシ。これから転ばぬようにリハビリしなければならない。


2014/1/20
カミサン怪我1週間経過。明日院へ行ってレントゲンを撮るらしい。ギブス姿も痛ましく、すぐ動けないのがもどかしい。

テレビで出ていたある社長が母校の人たちに良いことを言っていた。
「止めない限り、負けはない。」事を始めたら途中で投げないで続けていればそれを克服できる。と言っていた。
「継続は力なり。」というのもあったっけ。


2014/1/11
あああああ!!今朝まで一緒に買い物してたのにその帰り道歩道のちょっとした段差で自転車を引いていたカミサンがこけた。
僕はいつもの捻挫程度に思っていたが、カミサンいわく「今までにない痛みが走った。」と言った。

早速インタネットで病院を探した。幸いにして自宅から10分くらいのところに整骨院があった。自転車で行って、捻挫だと思っていたら結果「くるぶしの骨折」でした。
カミサン帰りも自転車に乗って帰ってきました。僕は松葉杖を掲げて帰ってきました。リハビリまで3,4週間の怪我でした。

災難は日々の生活に見えないけどぴったり寄り添っていることを改めて思い知った。



2013/12/29
いよいよ押し迫ってきた暮れ師走。蔵店に出てカミサンは店のレイアウトを変えている。
ぼくは整経のときに綾棒をうっかり抜いてしまった9m織りがもうすぐ終わる。
しんどかった。でもうれしい。コレでよい年が迎えられるかも。



2013/12/16
只今蔵の店で「ヤスヒロの手編み展」と題して今年の謝恩セールをしています。
4日目、寒い中今のところ天気には恵まれているが、蔵に行くときは下り坂だから楽なんだけど帰りは長い上り坂で息切れしている。家にたどり着くと汗で下着がびっしょりになる。風邪を引かないように早く着替えている。
買って出たことだけどこの年になって、よくやるよなー二人とも。と思ってる。



2013/11/25
だいぶ寒くなってきた今日この頃蔵まで片道6キロ、自転車で通うのに二人で重装備で出かけています。蔵に着くころは汗が出るくらい、からだ温まってきます。
日中の日のあるうちに帰えれるよう蔵での仕事すませます。自動車が無ければ仕方が無い。それに沿った生き方をするものだなと最近思う。
レンコンが蔵近くの野菜直販「クルトロード」に出始めた。安くておいしい。



2013/9/28
カミサンが朝の食事あとの珈琲を入れてくれた。食器洗いの始末のとき「あなたって、いつだってちょっとだけ残すのねえ。」と言った。つづけて「財産を残すならいいけど…」僕はすかさず「思い出を残してあげるからいいじゃないか。」とい言った。「思い出じゃご飯食べられないのよ。」だって。うん言い得てる。筑波はぺデストリアンデッキというのがあって歩行者と自転車の専用道路が市の中央を縦横に張りめぐされている。それを利用し始めて、自転車で市の中心まで25分位かかるが大学の敷地内を走るその道は便利だ。
車は手放したが展示会の荷物運びはレンタカーを借りることにした。
最近ネットで調べたら「時間貸し」するレンター屋があって市内のあっちこっちに拠点がって、そこまで車を出前をしてくれる。望めば住まいまで配備してくれる、そんな会社を見つけた。只今僕の体重は64.5kg妻久江は59.5kgで二人とも、すこぶる元気です。



2013/8/13
猛暑真っ最中に駄々は蔵まで自転車通いです。
13年の車利用を止めて公共交通と自転車と自力歩行で後半人生をやれるところまでやっていこうと決めた二人です。
意外と自転車は夏向きだとわかりました。乗っているときは風を切っているので涼しく、何より医者に適度の運動を薦められているので……いいかな。それと2年に一度の車検やガソリン価格の動向やメンテナンス、駐車場代にお金がかかるクルマ。生活全体を見直しシンプルライフを目指しています。
あと地域バスが近くを走っているのでちょっと遠出に利用しようと決めている。半額パス登録も済んでいます。結構年重ねるって楽しいものかも。



2013/7/7
かかりつけの主治医に「だいぶ落ち着いてきた、このままで行きましょう。」とお墨付きをもらった。体のコンデションもすっかり良くなった。

72キロあった体重もいまは66キロだいぶ体が軽くなった。
カミサンいわく「すっかりやせてスマートになった。」と言ってるカミサンも一緒に痩せて、68キロぐらいあった体重がただいま62キロ。塩分を控え、食事の量も減らし、適度の散歩で無理なく痩せることが実証された。

出ていたおなかもわき腹もそげて、事情を知らない人は聴くのもはばかれるらしく「だいじょううぶですか」とたずねられた。
病気前に比べ薬(くすり)に守られてる安心感がある生活になっている。



2013/5/11
鉢植えのバラ、仕立て直してから4年くらい花は咲かなかった。
けど今年、再起を祝うようにやっと咲いてくれた。それも一度に4輪も、とてもうれしい。



2013/3/12
3月8日に退院してきました。いろんな人に助けられて命拾いをしました。それはこうして始まった。

2月27日お昼ちょっと前少し空腹感を感じながら、いつもいってる老人福祉センターのお風呂に入っていてしばらくして、なにか左胸奥に違和感をおぼえ早めに風呂を切り上げた。

風呂を出て着替えているうちだんだん痛みが増してきた。胸の裏表から圧迫されるような痛み。寒気とともに汗が出て下着がびっしょりになった。
カミサンが風呂から出てきてぼくの様子にびっくりして「救急車呼ぼうか?」に反応して「うん」と答え施設の職員さんやらカミサンの声が乱れ飛んでいた。

まもなく救急車到着。タンカーに載せられスロープを下った。玄関を出ると空が回転して救急車に乗車した。

救急隊員はたえずぼくに声かけ、痛みは移動していないかをたずねていた。ぼくはそれを「うーんうーん」言いいながら答え、もうすぐ病院に着くから頑張って。と言ってる隊員が絶えず時計を見ていた。まもなく病院に到着あわただしく医師、看護婦たちの声が聞こえ病院の移動ベッドが走った。救急手術室にて担当医師、外科医師ほか看護婦たちがせわしく動いていざ手術。の前に承諾問診みたいなことを聞いてきた。

しかし前から「病気になったらそれでおわり。」とカミサンと話し合っていた。担当医者には手術代が払えないことを伝え手術をためらっていたら「奥様に聞いてきます。」

まもなくカミサンが術室に入ってきて「ヤッチャン二人で何とかしよう。だから手術しよう。」と横たわっているぼくの耳元で言った。ぼくはうなずいた。術室は急にあわただしくなりぼくはすっぽんぽんで毛をそられているのを感じた。カテーテル手術で冠動脈にステントというネットを入れて動脈を広げふさがった血管をよみがえりさせる手術だった。

なんて人は弱く意気地なしか思い知った。

退院してからカミサンを巻き添えに食事カウンセリングの実行や散歩運動の仕方、毎日の血圧記録をしている。そしてぼくは、一生飲み続ける薬も。

カミサンいわく「死ぬも地獄、生きるも地獄」ため息を吐いた。「ぼくはイチゴが好き。」カミサン「私はイチジクが好き。」と言って二人笑った。